Hiromi Voice

声で人を豊かにする、をビジョンに掲げるナレーターひろみの日記

プロになる。

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みなさんこんにちは!ひろみです。

先日、無事に誕生日を迎えられて32歳になりました!いつも応援してくださるみなさん、お祝いのメッセージをくださったみなさん、本当にありがとうございます。

32歳の目標は、ツイートした通り

 

今やっていることを継続して夢に近づける一年にしたいと思います。

 

私の夢はプロのナレーターになること。

プロの定義は人それぞれあると思うのですが、私の中では二つ条件があります。

ひとつは by name で仕事の依頼が来ること。

もうひとつはその仕事だけで食べていけること。

 

正直業界的に予算はどんどん削られており、それだけで食べていける人は本当にほんの一握りです。

この仕事を志した時、師匠に聞いたことがあります。

「時代はどんどん変化していって、簡単なナレーションはAIでもできるし、音声プラットフォームがいくつもできたことによって”機器を通して第3者に向かって喋る”のは容易になり、個性的に喋れる人も発掘しやすくなって...。それでもナレーターの仕事は無くならないと思いますか?」

と。(偉そうに)

師匠は少し考えてから、答えてくれました。

「確かに時代は変わってきている。予算も削られているし、業界的には厳しくなっているのは事実。この先どう変わるかはわからない。

でもね、プロはいつの時代も生き残るよ。少なくとも俺はそう思ってる。」

と。

 

それを耳にしたのが3年前。

当時は、「そうかそうか。そうだよね。いつの時代もプロはいる。私はプロを目指すって決めたじゃないか!よしがんばろう」と晴れやかな希望に満ちた気持ちでいた私。

 

そう思ってやっているはずだったのに、なかなか芽が出ない日々を過ごしているうちに気がつくと安易な道に何度も走りかけていました。

なかなか上達せず、レッスンのたびにダメ出しされては焦る日々。あせれば焦るほど「やった感」が欲しくて意味のない気合いだけの練習を重ねたり、何かしら仕事をしたくて安価な案件をたくさん受けてみたり。

でもそんな生活をすればするほど、喉や胸がどんどん苦しくなる。

身体はわかっていたんだと思います。そんな安直で嘘ばっかりの声、自分の良いところを全部全部打ち消すだけだよ、もうやめなよ、と。

 

幸い「はっ」と気が付く出来事があり、安い案件は一切受けないことにし鍛錬に集中することに。

ここにも記載した通り、毎日毎日50音から始まり同じことを丁寧に繰り返す日々。

aoioi-love.hatenablog.com

こんなブログを偉そうに書いていた当時も、この先の予定も何もない状態でモチベーションを保つの大変な時期がありました。こうしてブログに書くことでいつも自分を奮い立たせていたのだと思います。

でもそんな気持ちでいると、またまた方向性がズレてくるんですよね。(とほほ)

 

ある時また私は師匠に聞きました。

「もうレッスンに通い始めて3年にもなるのに、毎回同じことを指摘されている気がします。私は成長していますか?」

すると少し渋い表情になった師匠は一言。

「そういうことを俺は言いたくない」

「(私)そうですか...」

「俺が褒めたって仕事が来るわけじゃない」

「(私)そうですね」

「今年大きな仕事が来ても来年はゼロになるかもしれない」

「(私)はい」

「そういう世界に俺たちは生きてるんだよ」

「(私)...」

「だから今の自分がどうのこうのとかそういうことが気になるんだったら向いてない。やめたほうがいい」

「(私)おっしゃる通りです。やめません。失礼しました。指導お願いします」

 

この日から私の中でやっと「プロになる」ことがどういうことか、わかったような気がします。まだプロになっていないし、現段階で思うことですが。

プロになるということは、どんなときも脇目も振らず丁寧に丁寧に積み上げ続けるということ。引退するその日まで。他人の評価とか将来の展望とか、そんなことには一切見向きもせず、(もちろんいただいた案件には期待のパフォーマンスを全力でします)ひたすら積み上げていくこと。そういう質の高い鍛錬に集中できる環境を、経済的にも精神的にも整えておくこと。心に熱いものを持ちつつも、常に客観的に自分を見つめて、ポイントを掴んだ鍛錬をしていくこと。日常にあふれた感動をたくさん自分の引き出しにストックしておくこと。聞き手のために言葉を紡ぐこと。そしてクソ真面目になりすぎないこと。一喜一憂しないこと。自分を信じてやり続けること。

 

言葉にしてみると単純なのに、つい欲が出てしまう私。

いや欲や高い意識はあっていいのですが、優先順位や塩梅といった類が下手くそな私。

ここ数年、成長するその節目で「余計な意識」に足を引っ張られて元に戻るを繰り返していたように思います。(情けない)

 

ようやくそれを本当の意味で自覚して、リスタートを切った感覚です。

そして最近、やっと何か見えてきました。(と信じたい)

 

「上半身って力を抜けば抜くほど響く声になる」

「あ、今自分のために読んだ。いけないいけない」

「昨日までのアと今日のアは全然違う感じ。こんなに変わるのか」

 

これまで”知識”としてしか入っていなかったことが、やっと少しずつ体感できるようになってきた感じです。

 

.....ということがきっとこの先も何年も何十年も続くのでしょう。

 

 

長々と書いてしまいましたが、きっとこの先も壁にぶつかり続けると思います。

でもそのたびに、「面白がって」丁寧に積み上げていきたい。

 

私はまだまだ未熟者です。でも成熟なんてきっとなくって、気がついたら少し何かができるようになっていて、と同時に課題も見つかる、の繰り返しなんだと思います。

 

課題が見つかるということは成長している証拠。

完成を求めず完璧を求めず、自分を信じて今日も鍛錬を積もうと思います!

 

そんな32歳の私をどうぞよろしくお願いします笑

それでは今日もみなさんにとって安全で穏やかな1日になりますように。

 

また次回お会いしましょう!さようなら。