Hiromi Voice

声で人を豊かにする、をビジョンに掲げるナレーターひろみの日記

悔しい。今できることを身近なところから。

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先日、とても悲しいニュースを耳にしました。その日からずっと胸が痛くてたまりません。

わずか22歳。才能溢れる美しい女性が自らこの世から消えてしまった。

コロナの状況下、一人ぼっちの閉ざされた空間で、どれほど辛い思いを抱えて寂しい気持ちに包まれて死んでいったのかと想像するといたたまれなく、胸が苦しくて悲しくてたまりません。

私はいち視聴者に過ぎませんでしたが、彼女の、プロとして仕事を全うする姿や番組内で見せるピュアでまっすぐな言葉の数々に、これからどんな恋愛をしてどんな女性になるのだろう?とワクワクさせてもらっていました。時には応援し、時には学び、時には心配をしながら視聴していました。

 

数年前から鑑賞していたテラスハウス。夢追い人が多く、勇気をもらったり、全く別の価値観同士がぶつかるので気がつかされることが多かったり、恋愛のドキドキ部分をおすそ分けしてもらったり。楽しみながら見ていた番組。

でも、ここ最近のテラスハウスは正直とても不快だった。以前、こんな話をしたことがありますが、

stand.fm

 度を超えた辛口スタジオ内の発言に、昔私が受けてきた、あるいは目にしてきた「イジメ」を思い出したのです。もはや辛口でも毒舌でもなんでもない。ただの悪口だと。

なのでこれまでつけていた副音声もオフにし、次第にスタジオに切り替わった際は早送りにするようになりました。同時に、出演者たちの心も心配になりました。

「私が出演者だったら耐えられないな。」

「これに加えてSNSでバッシングされるとしたら鬱になって自殺者も出るのではないか」

と。(しかし私レベルが思うことは制作側も思っているはずで、おそらく適切なフォロー体制が整っているのだろうと思っていました)

また、最近のテラスハウスは編集にも悪意を感じることがしばしばありました。

stand.fm

切り取る場面があまりにも低俗で、笑えない。また、確実に出演者たちのイメージをダウンさせるものしかなかない。センスがないと言うべきか、愛がないと言うべきか、悪意があると言うべきか、はたまたこれが今の日本のニーズ(視聴率が一番取れる内容)と捉えるべきか。

どう捉えても残念極まりなく、これからもうテラスハウスは観なくていいかな、と思っていた矢先のニュースでした。

 

言論の自由を信じて、この悲しい出来事に関して私なりの考えを書かせていただきます。なお誹謗中傷は一切受け付けません。一方、彼女の死を無駄にさせないための前向きな意見がある方ぜひはコメントやDMにておしらせください。

 

番組に対して思うこと 

コメンテーターの役割とは何か

最近のスタジオ内のコメントはただの悪口大会で、イジメの始まりだと先に述べましたが、そもそもこう言う恋愛リアルバラエティにおけるコメンテーターの役割とは何でしょうか?先に共有した音声配信でも少し言及していますが、それに加えて思うのは

  1. 視聴者に「気づき」を与える
  2. 新しい「解釈」を加える
  3. テラスハウスにおいてはやらせでない前提なので)いき過ぎた演出には「フォロー」を入れる

と考えます。1と2は報道番組でも然り、視聴者により分かりやすく状況を説明し、より楽しんで視聴してもらえるようにするためです。3に関しては配慮・マナー・愛の部分だと思います。

1,2,3どれを取っても最近のスタジオ内のコメントは欠落していたように感じます。

視聴者がバカだと思われている

ではなぜあのような編集そしてコメントになってしまうのでしょうか?それは言うまでもなくそのほうが「ウケる」と判断されたからです。視聴率を考えてのパフォーマンスです。そう、観ている私たちのためを想ってのこと。つまり、観ている側が低俗な内容を求めている。と思われているということです。

(でもそれは本当にそうなのだろうか?同じくNetflixで人気ドラマの「梨泰院クラス」や「愛の不時着」を観ているとそのように思いません。制作側がSNSで目立つニーズだけ拾い上げて、核となる世論のニーズをつかめていなかったのではないかと私は思ったりしています…)

制作側の配慮

私はテレビ制作会社に勤めたことがありませんので、制作側の意図や作品の作り方は分かりません。しかしおそらく「台本は一切ございません」の真意は「一語一句作らないけど脚本はあるしそのための演出はする」というもの。一方でいち視聴者からするとそんなことまで考えて鑑賞しません。うまく編集繋げているな、くらいは思うけれど、出演者の一言一言は生身の人間から出た言葉・行動だと捉えます。だとしたら容易にSNS上でのリアクションも想像できるはず。その前提で、出演者やその周辺の配慮が大切なのではないかと。以下、すでに実施されていることがほとんどだ(と信じたい)と思いますが、私が考える制作側がするべきことです。

  1. 入居前のストレス耐性チェック
  2. 放送直後のフォロー(心理的ケア)
  3. 出演者のSNS上のアンチコメントの削除・ブロック・通報
  4. 卒業後、半年程度に渡るフォロー(心理的ケア)

TLを見ていて思うこと

いじめっ子は永遠に消滅しないし改心しない

どんなに、「誹謗中傷は人を殺すこともある」「言葉は凶器だ」「たった1通の中傷で1000通の励ましも耳に入ってこない」などと表現したところで、根っからの性悪には響きませんし、ましてや改心もしません。形は違えど人類がこの世に誕生した瞬間から、あるいは地球ができた時から、はたまた宇宙が生まれた時から、いじめっ子は一定数いて永遠に消滅することはないというのが私の考えです。なのでそういう人たちにどんなに言葉を尽くしても、あるいは同じように言葉で攻めても何も意味がないのです。罪の意識だって持てばまだいい方。持たずに普通の生活を平気な顔で過ごしている人間が大半だと想像します。なので彼らに期待するのはやめましょう。

事件は風化される

今は彼女の死を悲しむTLで溢れているTwitterだってメディアだって、数ヶ月も経てばすっかり別の内容で盛り上がっていることでしょう。人間は忘れていく生き物だから。忘れないと生きていけないから。だからこそ、今回のことを忘れないようにしよう!ではなくて、今、すぐに、できることから始めるべきだと思います。

今できること

苦しいと感じたらその場から離れる

私自身、ポッドキャストYouTube、各SNSをしているのでたまに中傷的なコメントをいただくことがあります。たった1通でも、動機がしたり落ち込んだり、一日中そのことを考えてしまうので、中傷コメントの威力は半端ないなと思います。「スルーすればいい」「お礼で返し続ければ相手もそのうち諦める」などという意見もありますが、私はできません。できないことを弱いだとか、今時やっていけないだとか思う必要は全くありません。少しでも「苦しいな」と思ったらアカウントをブロックし、しばらく見るのをやめてください。更新も。

優しい人たちのコミュニティに入る

アンチばかり目にすると、あたかも自分の周りはアンチだらけなのではないかと錯覚を覚えるかもしれません。しかし、世の中には応援してくれる人、肯定してくれる人の方が多いです。絶対。また、同じベクトル(方向性や志という意味合いです)で頑張っている人もたくさんたくさんいます。ぜひ、そういう人たちと繋がっていきましょう。良い人はあまり声を荒げないので少数派に思えるかもしれませんが、アンチより何万倍もいるのです。フォローしたり、音声聞いたり、価値観の近しい人たちの言葉は安心させてくれるはずです。

 

優しくて真面目な人ほど死を選ぶ、という認識

私は10代、20代と自殺を考えたことがあります。10代の頃は死ぬ勇気がなくて、一度頭の中で自分を殺してお葬式をあげ、自分はこの世にもういないのだと思い込むことで死を免れました。(とても表現が怖いですが今はとても元気なのでご心配なく!)20代の頃はお風呂の中で薬を飲んで寝てしまうところでしたが電話をくれた親友に救われました。

と、話すと非常に驚かれるくらい、人前では基本的に笑顔な私。人の相談に乗るのが得意で人を励ますキャラクターな私。お金や時間にはきっちりしており、人に迷惑をかけるのが大嫌い。自立心が高く人に頼られても頼ることは苦手。

そんな真面目な人ほど、きっかけがあるとすぐに自分を追い詰めて自殺を考えがちだと私は思います。そう考えると、つい先週まで笑っていたあの人も、励ましてくれたあの人も、もしかしたら死を考えてしまうくらい辛いのかもしれない。そう考えたほうがいいです。そして、今これを読んでくださっているあなたも、何かがきっかけで死にたいと思う日がくるかも知れない。そのくらい、人間の脳みそって簡単に変わってしまうものだと思います。

「いつもと違う」と認識したら会う・電話する

私の経験上、自殺を考えてしまうようなうつ状態になると、まず表情が無くなります。自分では笑っているつもりでも顔が死んでいる。覇気がない。そして涙すら出てこなくなる。朝起きてから夜ベッドに入るまでずっと死ぬことを考えているので、正論も、温かい言葉も、感動的な歌も、何も耳に入ってきません

もし、あなたの身の回りに「いつもと表情が違うな」と感じる人がいたらとにかく会ってあげてほしいなと思います。相手は拒否するかもしれません。その場合でもドアの前まで行ってあげてほしい。相手は孤独なんです。一人でいることが自殺を助長させます。家に行けない場合は電話をかけてあげてください。このような状態になってしまうと、テキスト上のメッセージは全く響きません。人の温もりを感じさせることを、してあげてほしいです。そして、とにかく共感し肯定してあげてほしいです。叱咤激励するのではなく、解決策を見出そうとするのでもなく、相手の心に寄り添うだけで十分です。私はそれで救われた経験があります。

人格否定を耳にしたら即座に肯定し、避難させる

「能力がない」「(外見が)気持ち悪い」「いなくなれ」「死ね」このような言葉はその人の頭をフリーズさせます。一度ならまだしも、毎日のように耳にすると脳みそが自分自身を否定するようになってしまいます(医学的根拠はわかりません。私の想像上です)。なので、身近な人が、大切な人がそんな言葉をかけられたと知ったらその瞬間に即座に「そんなことは絶対に、絶対に絶対にありえない」と打ち消して、その場から引き離してください。場所というのは学校だったり、団地だったり、職場だったり、掲示板だったりSNS上だったり色々です。安全な場所に連れてきてあげてください。環境を変えるだけで思考が正常になっていくことは多いです。

家庭内教育・義務教育で取り入れたいこと

以前、

aoioi-love.hatenablog.com

を書きました。いかに日本が性教育に対して消極的で海外と比較しても圧倒的に遅れているかという事実、そして性教育の本質とは何かという内容を簡単にまとめました。性とは、単に性行為を指すのではなく、

  • 人間を一人の「個」として認めること
  • 自分の身体と心はいかなる場合も他の誰かに傷つけられるものではないこと
  • 他人の身体と心を傷つけたり冷やかしたりするものではないこと
  • 個人個人の意思を認め、尊重し合うこと

なのだということを幼少期から言って聞かせることが後々の全てのことに繋がっていくと私は思います。なので、私の場合0歳の息子に対してきちんと伝えていく所存ですし、この性教育が義務教育いや、保育園児や幼稚園児から常識的に受けられる教育になることを強く望みます。

 

法的にお願いしたいこと

ネット警察

ネット上のパトロールそして法整備を構築するべきです。いじめっ子は永遠に消滅しないし改心しない、と先に述べました。だから罰則を、という思考回路ではなく、これは時代の変化と共に必要なことだと思います。これまでナイフ片手に人を刺す行為が、今はネット上の誹謗中傷ですし、これまで覆面被って襲っていた強盗も今は暗証番号を盗んで知らない間に口座から引き落としますし、実際に目に見えない人間が犯罪を犯しています。これに対して、情報開示の手続き・お金を必要以上にかける意味ってあるのでしょうか?

「死ね」と一言書いた程度で、と思うかもしれませんが、そもそも「死ね」なんて誰かにいうことではありません。現実世界でも、口に出した場合は罰せられるくらい罪のある言葉だと考えます。 

SNS会社への期待

匿名で書き込みをした人のアカウント情報は、アカウントは特定できてもその先の「誰か」というのはわからないんだそうです。これは各SNS会社へのお願いになるのかな、と思うのですが、犯罪に値する行為をしたユーザーは徹底的に開示してほしい。なぜ彼らが守られるのか、甚だ意味不明です。

さいごに

支離滅裂に思うことを記載してしまいましたが、どなたかの心に届いていれば本望です。

プロとして努力を弛まず、仕事を全うし、恋愛に勇気を持ってぶつかって、相手を思いやれる優しい彼女を尊敬します。

二度とこのようなことがあってはならない。そのために、今、私ができることを一生懸命にやっていきます。

愛と思いやりが圧倒的多数で勝利する世の中に、世界になることを願います。

最後までお読みくださったみなさま、ありがとうございました。くれぐれもご自愛ください。