日曜日の過ごし方
私たち夫婦はお互い企業に属していない。いわゆるフリーランスとして働いている。
そのため「休日」「祝日」と言う概念がなくなりつつある。深夜まで仕事をする日もあるし、体調が優れないと何もしない日もある。立て込んでいない限り、追い込むかどうかは自分次第なところがある。
いつでも仕事ができるのは良いところもあるけれど、きちんと休む日を作らないとワーカーホリックになってしまう、と言うのは、フリーランスの方なら誰しも経験されていることなのだろうと思う。
いつもの通り8時に起きて、夫は散歩、私は朝食の準備、一緒にいただきますをして部屋の掃除に洗濯、各々のことをする、というのが私たちのルーティンだ。
日曜日の今日もそこまではいつも通りだった。
しかし、今日は決めていた。今まで見て見ぬ振りをしていたクローゼットの中を片付け、鏡を磨き、伊集院静さんの小説を読むということを。
早速マスクをして髪を韓国人ふうゆるゆるお団子ヘアにして、大きめのGAPのトレーナーにスパッツでクローゼットのなかを全部出し。散乱していたものをまとめ、綺麗に整頓。使っていなかったバッグたちを出してこの秋冬に使おうと部屋に飾り、断捨離できるものはないかと見るが、もともと持ち物が少ない私が8月の引越しで一掃したのであるはずもなく、デザイナーズマンションは収納が少ないなと再認識して小1時間で掃除終了。
ノンカフェインのラテを入れてソファに移動。小説「乳房」を読み、伊集院さんのことを想う。
お昼前に母から電話がかかってきて、おすそ分けに柿を持ってきてくれるという。電話をくれたのは母だけど、父がいそいそと持ってきてくれた。数ヶ月前までアメリカに住んでいた両親が、今は徒歩30分圏内に住んでいることにようやく慣れてきた今日この頃。一時帰国するからお食事の場所を決めないと、その時までに体調整えておかないと、どんな話をしようか、などと考えていた10年間が少しずつ過去のものになっているのを感じる。
お昼はレトルトカレー。これがまた美味しいのだ。お世辞ではなく本当に美味しいレトルトカレーを見つけたので、今度おすそ分けに実家へ持って行こうと思う。
食事後は夫とボードゲーム。人生30年、ゲームとはかけ離れた私がまさか身体の90%ゲームで構成されているような夫と結婚したのは何かのお告げかと思うのですが、彼の仕事の参考にもなるかもしれないということで付き合うことに。
ボードゲームって、負けると超絶つまらないですが、読みが当たった時や運がついてくれて勝った時って本当に快感ですよね。今日は快感でした。と同時に、超ゲーマーな夫に勝てたことが不思議な自信をくれました。頭を使うから、子供にもさせたいな、と思う。
こんなことをして少しずつ日が傾いていくのを見るとなんて平和で穏やかで幸せなのだろうと思う。そういう日が送れない方々がいる中で、自分は恵まれているなと実感そしてありがたく思う。
会社員だった頃は休日は体力を温存する日、または英気を養う日という感じで、寝るかエステへ行くかがむしゃらに本を読むか酒を飲むかで、日曜の夕方からは翌日からの戦闘に備えてやや緊張していたっけ。そんな時期もまた懐かしい。
今は今で、また頑張らなくてはいけないこと、自分との勝負、学ぶこと、凹んで立ち上がりまだ鼓舞すること、違った環境で色々あるけれど、なんだか自分の足で自分の歩きたい道を考えて歩いていくために、雑踏をかき分けて道にしていっているような感覚がある。まだまだ努力不足ではありますが・・。
こうした環境に心から感謝だな、と思えるようになったのも、会社員を辞めてからかもしれない。それまでは「何事にも感謝」というようなメッセージがなんとも嘘くさくてむず痒かった。
今は素直に、そう思う。