「いいの、いいの」を読んで
みなさんこんばんは、ひろみです。
先日、こんなツイートを目にしました。
大人たち、ぜひ読んでください。
— シオリーヌ🩸CHOICE発売中 (@shiori_mw) 2020年11月10日
子どもたちがその子らしいままで、安心して暮らせる社会を作らないといけない。https://t.co/Hle4JdXWSa
記事を読み、思わずリツイートした私。子供の頃の、切なく苦しい記憶が蘇ってきて胸がキュッとなりました。
小学校時代の苦い記憶
少し暗い話になってしまうのですが、私は小学年生の時にイジメにあいました。理由は当時イジメられていた子を庇ったからでしょうか。転校生だったから変に目立ったのが気に障ったのでしょうか。よくわからないまま、ある日突然シカトが始まり、交換日記に悪口を書かれ、靴に大量の石を入れられました。イジメられていることを親に話せば心配させてしまう、そんな風に考えた私はしばらく学校での出来事を黙ったまま過ごしていました。来る日も来る日もシカトは続き、休み時間に教室でひとりぼっちなのが寂しくて恥ずかしくてトイレにずっとこもる毎日。次第に体調が悪い気がしてきて、保健室に逃げこむようになりました。流石におかしいと気づいた両親が学校に相談しほとぼりは冷めたのですが、あの時の心の苦しさは今でもよく覚えています。
中学時代の辛い思い出
中学時代はシカトや陰口を言われることよりももっと辛いことがありました。厳しい部活動、理不尽な指導、ありとあらゆる学校代表…ここに書ききれないくらいたくさんの業務(中学生なのに!)を任された私は体力的にも精神的にもいっぱいいっぱい。加えて、人一倍真面目で気にしいだったこと、思春期真っ只中だったこともあり、14歳の頃は疲れとストレスがピークに達していました。ただただ何も考えない頭になりたい!バカになりたい!と、帰宅後は部屋で自分の頭をひたすら殴っていた時期があります。でも、
「ここで弱音を吐いたら周りを悲しませてしまう」「失望させたくない」
そんな思いから朝から晩までとにかく走り続けた日々。毎晩、螺旋階段をくるくる回りながら落ちる感覚で眠りに落ち、悪夢にうなされ続けた日々。今振り返るとなぜあんなにがんばってしまったんだろう、と後悔すらします。
30歳を過ぎて気づいたこと
そんな苦しかった学生生活。今だから苦しかったと言えますが、当時は「これも良い経験だ」なんて無理やり良い解釈をしていました。いや、半ば本気でそう思っていたかもしれません。変ですよね、涙はたくさん出ていたのに。頭を殴りすぎた拳はジンジン痛んでいたのに。
でも、そんな無理をしていて、ツケが来ないわけがないんです。そのことに気が付いたのは、30歳。適応障害と診断を受けた私は週に一回カウンセリングを受けることになりました。何回か通う中でおもむろに中学時代の話を始めた私。そこでふと、こう言われたのです。
「お父さんやお母さん、助けてくれなかったんだ?」
言われた時は違和感がありました。
「いや、私が自分の意思で言わなかったんだ。両親は関係ない」
「全然辛くなかったんだ、あの経験が私を強くしてくれたから」
「いや、本当は苦しかったかもしれない」
「あんなことやりたくなかったんだ」
「毎日逃げたかったし、死にたかった」
「誰かに助けて欲しかった…」
助けて欲しかった。何もしなくていいと言って欲しかった。先生や学校に「娘を潰さないでくれ」と言って欲しかった。
ポロポロと、当時の私の本当の声が漏れてきたのです。
自分の心に蓋をしない
冒頭の記事に戻ります。記事は、男の子として生まれたけど中身は女の子のお子さんとその親御さんのエピソードです。一見、LGBTの記事と思う方もいるかもしれませんが、これはこの世の中の子供、いや大人にも当てはまる、大切なテーマだと思います。
最後にこんな記載があります。
「自分らしく生きて幸せになれるよ」
そう伝え続けていきたいです。
自分の心のままに生きて幸せになれるように、精いっぱいのことを、してあげたいと思っています。
自分の心のままに生きること。これがどれだけ尊く難しいことか。
そしてここに蓋をしてしまうことがどれほど恐ろしく悲しいことなのか。
子供は想像以上に外でがんばっている
子供は大人が思っている以上に繊細で、頑張り屋さんで、気遣いができます。「いいよ、いいよ」と言えてしまう彼女。その言葉が出るまでにどれほどの苦悩があったのか。周りの大人はそれを想像しなくてはいけません。一番身近な大人は親なので、何か違和感に気づいた時、抱きしめて話を聞いて守ってあげる。違和感に気づくには毎日観察することが必要だし、話を聴くには日頃から信頼関係を構築する必要があります。守ってあげるには自分がしっかり軸をもって生きていなければいけないし、一人で戦わず協力してくれる仲間を理解者を集め、頼る力も必要です。全てを完璧にはできなくても、そういった努力は最大限やっていきたいと強く思いました。
息子に伝えたいこと
また、息子が同じような立場になったら私はどんなことがしてあげられるのかな、と想像しながら何回も読み直しました。
・戦うだけでなく、うまく交わすことも有効なこと
・世界は思っている以上にいろんな人がいていろんな仕事があって回っていること
・感謝の気持ちを忘れずに努力すれば必ず幸せになれること
・そのままのあなたを愛してくれる人は親以外に必ずいること
・大人になるまではお母さんが守るからねと思っていること
・苦しい思いまでして頑張る必要はないし価値もないこと
などなど、伝えたいことはたくさんあります。
完璧な親などいない。だからこそ...
でも、私も完璧な親ではないので、きっと息子の心の中を100%理解することはできないし、適切なタイミングで適切な言葉で伝えたいことを伝えられることもできないでしょう。かつて私が親に抱いていた「助けて欲しかったんだよ」と言われる日もあるかもしれません。
だからこそ、大人が、社会が、一人一人が、
「自分らしく生きて幸せになれるよ」
そう伝え続けていきたいです。
自分の心のままに生きて幸せになれるように、精いっぱいのことを、してあげたいと思っています。
このような価値観を念頭に生きていくことが大切なのだと思います。
冒頭に引用させていただいた、シオリーヌさんの言葉のように、
子どもたちがその子らしいままで、安心して暮らせる社会を作らないといけない
そう思います。
みなさんはこの記事を読んでどのように思われましたか?
みなさんが、みなさんのご家族やお子さんが、笑顔いっぱいで毎日過ごせることを願っています!
それではまた次回お会いしましょう。さようなら!
あこがれのいい女
みなさんこんにちは、ひろみです。
先日私は「いい女はこんな風に振る舞うよ」的な本を読みました。(正確に言えば読もうとしました)
その本は「話し方」について言及もしていたので、話すこと伝えることを生業としている私にとって何かヒントがあるかもしれないと思ったので手に取ったのです。が、途中で読むのを諦めてしまいました。
というのも、「いい女は相手に話を合わせる」だとか「男性にかわいいと言ってはいけない」だとか「声は艶っぽく」だとかが書いてあって、「うーん...うーん、そんな女と話してて何が楽しいんだろう。。。そういうことではないんじゃないか。。。」と突っ込みたいことがどんどん募ってしまい、疑問符が頭の中を埋め尽くしてしまった私。
そんな上っ面だけで「いい女」だの「残念な女」だの決められたくないよ〜。と。 (もちろん、大人の事情でそのような書き方になった部分もあると思いますし、全てが全て「??」だったわけではなかったのですが...!)
それで、私なりに「いい女」について考えてみたんです。
だって私も可能な限りいい女でいたいですから。夫には永遠にモテたいし、息子にだってママイケてるね!って言われたいし、家庭にいい女がいたらテンション上がるじゃないですか。仕事だっていい女とした方が楽しいでしょう?
私の頭の中に浮かぶいい女はお世話になっている美容師さん。
彼女は30歳で独立し、今は表参道にお店を構えカリスマ美容師として活躍されています。それだけ聞くとあたかも成功者っぽいですが、小さい頃の悲しい経験を乗り越えたからこそ今があるんだとか。それが結果好機となり彼女に力を与えたばかりか、秘めていた才能やガッツを与えたそうなんです。
実は今日たまたま聞いた話でしたが、「だからこんなに肝が据わってて堂々としているんだな」「だからこんなに誠実で素敵なんだな」と、とても腑に落ちた瞬間でした。
また、昔こんな話をしたことがありますが、
エピソードに出てくる彼女も夢があって行動力があって、考え方が前向きで今思い出してもかっこよく笑顔が素敵でした。
彼女らに共通していることは、
①ピンチに動じない
→過去に苦難を乗り越えているのでそれが確固たる自信になっている
②若々しい
→夢に向かって努力しているから生き生きして見える
③会話が楽しい
→常に学んでいる(挑戦している)ので話のネタが尽きないし、様々な経験を経ているので業界業種が違えども見える世界があってだからこそ共感してくれたり拡げてくれる
逆に共通していないことは、
容姿
話し方
声のトーン
服のセンス
アクセサリーなどの趣味などなど....たくさん!!
つまり何が言いたいかというと、いい女とはその人の考え方や振る舞い、生き様であって、話し方とか表情とかそういうレベルの話ではないということです。
もちろん話し方も表情も言葉のチョイスも大事です。
でもやることやって前向いて誠実に努力して生きてきた人は、自然とその人の個性が惨め出た素敵な話し方になるし、言葉も然り、表情も然りです。何より笑顔が輝いて見えますよね。
だからどんなに高い美容液を塗りたくったって、マニュアル本を読んだって、声を高く甘く出してみたって、綺麗な洋服を着てたってそんなの全然いい女でもなんでもない。It's just a pretender!!
先に述べた美容師さんもそうなのですが、いい女と一緒にいると良いエネルギーをもらえて気持ちが晴れ晴れとします。そしてオーラがカッコいいから少しドキドキもするのです(敢えてのお伝えですが私はストレートです)。
彼女のようになるにはまだまだ精進が足りない私。
今日久しぶりに彼女にあって、心新たに決意したのでした。
いい女になろう!
とね。
みなさんにとって「いい女」はどんな人でしょうか?
それではまた、次回お会いしましょう♪
さようなら〜!
本日のお弁当ランチと地味飯 ~My favorite lunch box and dinner~
みなさんこんばんは、ひろみです。
今日初めてスマホから書いています。今更ながらはてなブログのアプリをインストールしたのです(遅ッ)。文章を書くときはPCが好きなのですが、思った時に綴るスピーディさはスマホが優るということで今更ながらアプリをポチ。やっぱり楽ですね笑 全然関係ないけど、この「笑」ってもう古いんでしょうか?「w」だったり「草」だったりの時代なんだろうなと思いつつ、若干いや結構抵抗があって今でも「笑」を使っています。アメリカでは「lol」だったけど(少なくとも私が留学していた2016年初めまでは)言葉は生き物、やっぱり日本と同じように移り変わっているのでしょうか?
さてさて、今日はお昼に食べたお弁当(自作)と夕飯の記録ブログです。
もともと作るのは好きで(家族のためなら)、これまでInstagramやnoteなどでちょくちょく載せていたけど、写真が得意でない私にとってインスタは不向きで、noteはちょっとカラーが違うかなと思い、日頃ありとあらゆることを書いているはてなブログに戻ってまいりました。
前置きが長くなったところで本題です。
今日は冷蔵庫の残り物でお弁当🍙私お弁当大好きなんです。入れ物が違うだけで、卵焼きが入るだけで、なんだかワクワクしませんか?
おかずはこちら💁♀️
・ネギ入り卵焼き
・鶏モモステーキ
・かき揚げケチャップ炒め
・梅干しおにぎり(夫には昆布)
かき揚げは先日作った残りがあったので、ケチャップで軽く炒めただけ。これ、小さい頃母がよく作ってくれたんです。揚げたてのサクサク熱々はもう甦らないけど、ケチャップで炒めるとまた別の旨味が出て最高!チープだけどお弁当のおかずにもってこいな味です。かき揚げだけでなくトンカツもおすすめ。
夜はこちら💁♀️
写真にメニュー書いてあるので割愛します。レンコンは煮物にするのが一番好きです♡
茅乃舎の出汁が本当に美味しいので味付けは最後に醤油と酒を少し入れて落とし蓋をするだけ!
(人参1本・大根半分・レンコン15センチくらい・水500ccくらいに対して1パック入れました)
こんにゃくはこんにゃく粉よりもこんにゃく芋からできたものの方がお肌に良いと聞いてから毎度奮発して買ってます。味もこっちの方が美味しい気がする。
流石に毎日こんなに作らないけど、週に一回頑張れば、副菜もお味噌汁も冷蔵庫で3日くらい持つので今日はがんばった日でした。
なんだかんだ自分の作る料理が一番ホッとします。笑
明日はとっても冷え込むようなので、風邪を引かぬようお気をつけくださいね。
それではまた次回お会いしましょう♪さようなら。
物事の良い面を見る ~ Looking on the bright side of what you are facing ~
みなさんこんにちは、ひろみです。遅ればせながらあけましておめでとうございます(遅すぎ)!今年もどうぞよろしくお願いします。
さて!唐突ですが2021年の私の抱負は「物事の良い面を見る」こと。
きっかけは年末に度々乳腺炎を繰り返しほとほと疲れ切っていた時に助産師さんに言われた言葉でした。
「乳腺炎になっても、何も学ばずにいたらもったいないわよ。何か学んで終わる!って大事よね」
その時は、
「ええ〜ん。そんなこと言われても今は受け止める余裕ないよ〜。痛いしだるいし本当に痛い。。。食べ物だって自由に食べられないし、元気が出ない。。前向きな言葉も時には重いなあ...」
なんてことを思ってしまった私。
でも帰宅中思ったんです。本当にそうだな、と。
何事にも光と影があるのなら、一長一短あるのなら、良い面悪い面があるのなら、できる限り明るい面を見た方が絶対に良い。
自分に起こったこともそうだし、周りの声だってそうです。私のことを大嫌いな人がいるのならば必ず大好きな人がいる。大好きな人たちの方を向いて生きていった方が絶対に良い。(耳の痛いことを言ってくれる人も含む)
そんな時、こんな投稿を見て思ったことがあります。
(これは英語学習のためフォローしているアカウントです。イディオムだけでなく著名人の素敵な発言がタメになるのでおすすめです☺️)
...he was redefining failure for me, and so, failure became not about the outcome but about "not trying".
(失敗は、結果ではなく挑戦しないことだと失敗の再定義をしてくれた)
素晴らしい親ですよね!私もこんな親になりたいものです。
”失敗は目先の結果ではなく、挑戦しないこと”
とありますが、もっと言えばそこから何も学ばないことなんだと思いました。
だとすれば、目の前に何か不快な不安な怖いような事象があるのならばそれはきっと前に進んでいる証拠だし、そこから何を持って帰るか(学ぶか)を試されているのではないかと思うんです。
それに解釈は自分で好き勝手にできますよね。
例えば好きな人に告白して振られた時に、「私はブスだし明るくないから振られたんだ」「私のよさがわからないなんて最低な男だ」と思うのか、「彼よりもっと良い人に出会えるよってことなんだろう」「魅力的に思ってもらえるように自分磨きをしてみよう」「振られる人の気持ちってこんなに切ないんだ。わかってよかった」などと思うかは自分次第。
もちろん、落ち込むことがあったらとことん落ち込んだらいいと思います。振られてもうこの世の終わりだ〜!!ってなるもの良い経験だし、仕事や家庭内のことで思い悩み地の底まで暗くなる時期だってあると思います。
でも。
一通り落ち込んだらくるりと前を向いて上を向いて明るい解釈を与えることは何より大切だし、
それが物事を前に前に進めてくれる一番の原動力だと思います。
第一、自分がそれをしなければ誰もしてくれないもんね!
以前こんな記事を書きましたが、
結局、本当に意味で自分を励ましてあげられるのは自分だけ。だからこそ、物事の良い面を見るって、それを癖にするってすごく大事だと思うのです。
私はついつい、ブルーに入ってしまうことがあるので、今年は敢えて目標にしてみようと思いました!
みなさんは2021年、どんな目標を立てましたか?(特段立てなくても良いと思いますが...全員に共通しているのは「健康」ですね。お互い気をつけつつ免疫力をつけて過ごしましょう!)
ということで、今年は去年よりもうんと沢山物事の良い面を見て努力していく所存です(固い)。こんな私ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさんにとって、笑顔が多い年になりますように!
それではまた次回お会いしましょう♡さようなら。
2020年の振り返りと2021年の想い
みなさんこんにちは!気がつけばもう大晦日。今年の振り返りや最後の配信はもっと前もって収めておきたかったのですが、こんなギリギリになってしまいました。
出産から始まり、あっという間に、でも思い返すと長かった、そんな1年が終わろうとしています。今年も、
にならってざっと振り返りをしてみたいと思います。
1月
予定日より早く産まれたらどうしよう?と毎日そわそわしていました。毎朝毎晩夫に、「ねえ、今日産まれたらどうする?」と聞いていたのを思い出します。なんて幸せな光景なのでしょう。結局そんなことは全くなく過ぎたのですが。この月の思い出は仲良し夫妻がお家に遊びに来てくれたこと。生後2ヶ月弱の娘ちゃんを抱いて小雨の中来てくれました。ありがたい。まだコロナも拡大してなくて、4人初めてノンアルで7時間ほど語らって、とっても楽しいひと時でした。平和で穏やかで、幸せな1月でした。
2月
予定日は2/10。でも40週過ぎても降りてくる気配はなく、予定日の前日から入院することに。ちょうど建国記念日だったので病院はシーンと静か。お医者さんが皆揃っている翌日に陣痛促進剤を打つ予定でした。2/9に入院して、バルーンを入れてもらった後すぐに来た猛烈な腹痛。陣痛ってこんな感じなの?それともこれはただの腹痛?どっちかわからずずっとトイレにこもっていました。応援に来てくれた父と母ともろくに話せずそのまま夕方には陣痛室へ。ここからが長かった…。詳細は
に書いているので、ご興味ある方はぜひお読みください。(痛いのが苦手な方はスルーなさってください。私の姉はこれを読んで震え上がっていました笑)
一番驚いたのは、出産中よりも産後の痛み。こんなに痛いなんて、こんなに漏れるなんて、聞いてないよ〜〜〜!!と。そして一日10回以上続く授乳。これまた痛い。母親になるって、痛いことなんだなあと思ったこと、一生忘れないと思います。同時に、出産も育児も決して一人ではできないということも身を以て感じました。産後毎日ご飯を届けてくれた母には感謝してもしきれません。私を含めて4人を産み、育ててくれたお母さんの凄さを初めて知ったように思います。産後は息子の呼吸が変な音を立てている!とか、へその緒がなかなか取れない!とか、黄疸が引かない!とか、ありとあらゆることが心配で心配で、もともと心配性なタイプですがそんな私もびっくりするくらい心配で毎日生きた心地がしませんでした。笑
同時期にコロナが拡大してきて、不安と心配の毎日。去年立てた目標
- 面白がる(ナレーションも同じ)
- 60点で合格
- 自分の笑顔を一番に考える
すでに達成できず。母は強しっていうけど逆じゃん私〜と感じた1ヶ月でした。一方、あんなに痛い思いをしたのに、スヤスヤ眠る息子は可愛くて出産翌日には「もう一人ほしいなあ」と夫にポロリと言ったのには自分でも驚きでした。心配で不安で、感謝な2月でした。
3月
息子が少し人間らしくなってきて、相変わらず夜は頻繁に起きるし、昼間も私から離れるとすぐ起きるしで家事をするのが精一杯だったけど、アフレコを楽しんだり外気浴を楽しんだり、少しずつ余裕が出てきた1ヶ月。お義母さんが大事に取っておいてくれた着物を掛けて近くの神社でサクッとお宮参りをしました。夫も私も毎日睡眠不足で顔がむくんでいる写真が愛おしいです。
音声配信も再開しました。産後初めての配信は
やっぱりこれ。こちらも痛い話なので苦手な方はご遠慮ください!(友人(男性)は怖くて最後まで聞けなかったそうです。笑)産後初めてのナレーション案件もいただきました。Mさん、いつもありがとうございます。母子共に人間らしい生活を取り戻しつつある3月でした。
4月
3回目の結婚記念日。記念すべきこの日に会社を設立した夫。2つのお祝いをかねて妊娠中食べられなかったお寿司を買って、ノンアルで乾杯。家族3人写真をオーブンレンジの上に立てたスマホで自撮り。ちっこい息子が可愛い。生活リズムも整ってきて、ナレーション以外の仕事も再開。希望に満ちた4月でした。
5月
自粛生活が世界的に広まってきました。と同時に、主に海外のリスナーの方からDMをいただくこともこの頃から増えてきました。みなさん日本語はよくわからないものの、「安心するから」「心地が良いから」聞いてくださっているとのことでとても嬉しかったです。声の持つ力を再認識しました。同時に、ナレーターとして早く第一線で活躍できるスキルをつけたい!とレッスン再開への意欲が高まり、師匠に連絡。今思うと焦り過ぎてたな、と反省。焦っていた5月でした。
6月
31歳の誕生日。たまたま家族みんなで集まる日が私の誕生日で、それはそれは大きなケーキを2つを買ってもらい、お祝いしてもらいました。息子も初対面できて、色んな人に抱っこしてもらいました。幸せですね。幸せな6月でした。
7月
レッスン再開。初回はいい感じ。しかしここから私の焦りと欲が裏目に出て、1ヶ月ほど負のスパイラルに陥ることに…。な〜んであんなに焦ってたんだろ?と今になっては思います。当時は早く社会復帰したかったのだと思います。振り出しに戻った7月でした。
8月
師匠にダメ出しばかり食らって本気で泣きました。夏なのに鼻水も垂れました。ダメ出しされたことに泣いたのではなく、ダメ出しされるまで自分が間違った方向に進んでいることに気軽かなかった事実に情けなくて涙が出ました。あんなに人前で泣いたのは社会人になって初めてかもしれません。ここから私のスイッチが変わった、かな?
もう一つ泣いたこと。それは乳腺炎になったこと。夫がフットサルで不在中、ゾクゾクゾクっと悪寒が走ったと思ったら一気に発熱。39度近くまで上がり、おっぱいは激痛。夜な夜な震えながら泣く泣く真夏の日差しの中、リュックと息子を背負って助産院へ。幸い薬とマッサージで1週間ほどで治ったものの、死ぬかと思った乳腺炎。助産院のありがたさを感じました。色んな意味で泣いた8月でした。
9月
少しずつ軌道修正できた、ナレーション。息子もよく動くようになったので日中はほぼ練習の時間を取れず、夜寝かしつけた後フラフラになりながら1時間集中。狭い我が家なので声で起きるだろうなと思いつつ、徹底的にやらせてもらいました。割とよく寝てくれた息子くん、ありがとう。集中した9月でした。
10月
急に引っ越しが決まり、現地へ内覧、土地勘のないところだったので色々リサーチ、保育園申し込みゼロからやり直し(保育園も全くわからないので地図とネットとにらめっこ)、契約、引っ越し準備、その間に京都に帰省、と忙しかった....。直感で決めた引っ越しと物件。こういう時の直感は良い方向に進むものだな、と振り返って思います。結局なんでも直感がすべてなのかもしれません。直感で動いた10月でした。
11月
引っ越し当日は季節外れの暖かさと天候に恵まれて、昨年の結婚式同様恵まれているなあと感じた日でした。都外の引っ越しは久しぶりで、家族3人分の荷物は初めてで、夜の7時頃までかかりました。引っ越しの夜はカップラーメン、それとビスケット。とにかくエネルギーを欲していた。息子の保育園も無事決まり、新しい生活にワクワクした11月でした。
12月
そして今月。1年の疲れが一気に出たかのように、夫から風邪がスタート、私に移って案の定息子にも。私は2回目の乳腺炎にもなり、なんども助産院へ通いました。そこで気が付いたこともたくさんありました。全ては意味あることなんだって、よく言われるけれど、そう思った方が絶対良い方向に行くよってことなんだと思います。息子くんの夜泣きやおっぱい求愛も増して、クタクタボロボロな12月。笑 これもきっといつか笑って話せるんだと思います。クリスマスに撮った家族写真、夫は散髪してなさすぎてヘルメットを被っているみたいだし、私は疲れ果ててやせっぽちでご飯たべさせたくなる感じ。息子だけ元気いっぱいで何より!
一人では何もできないと感じた1年
2020年も、昨年や一昨年と同様怒涛に過ぎていった(3年連続引っ越しもした)。今年をあえて言葉で表現するなら何かな?と考えて一番しっくりきたのが
一人では何もできないと感じた1年
でした。あんなに長く険しい出産、びっくりするぐらい身体がボロボロになって動けない産褥期、回復しきらないまま手首を痛めたり腰を痛めたり、髪が抜けたり乳首が切れたり、わけわかんない泣き声に余裕がなくなり、自分と家族の不調と付き合いながら笑ったり泣いたりしながら過ごす育児期。
ここまでやってこれたのは、いつも隣にいてくれる夫を始め、サポートしてくれる両親、応援してくれる家族や友人、温かいコメントをくださるリスナーのみなさま、信頼してくださるクライアントのみなさま、関わる全ての方のおかげです。
コロナで「分断」されたと言われる社会。私はそうは思いませんでした。直接会えなくても、顔は見えなくても、インターネットを通じてたくさんの愛を感じることができた1年でした。本当にありがとうございます。
2021年の想い
また、私自身YouTubeやPodcastを通して「声の持つ力」を再認識した年でもありました。声で人を豊かにしたい、というビジョンを掲げたのは1年前。豊か、という表現が曖昧だと思われる方がいるかもしれませんが、私の中のイメージは「和らぐ」感覚です。悶々としていた気持ちが晴れやかになったり、悩んでいたことが解きほぐれたり、不安な気持ちが薄らいでいったり…。誰かの悩みを直接解決することはできないし、傷を癒すこともできませんが、ちょっとでも「ホッ」と一息つける。そんな一助になれたら幸いです。
今年は育児に奮闘した年でした。幸いにも保育園に通うことができており、息子も今の所園生活を満喫してくれているようなので、母は家族のため、社会のため、未来のため、自分のできることを自分のしたいことでコツコツ実現させていきたいと思います。
声で人を豊かにする
おこがましいかもしれませんが、2021年はこの想いをより一層強く持って走っていきたいと思います!
みなさま、来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えくださいませ。また2021年にお会いしましょう!
心から愛と感謝を込めて。2020年12月31日 酒匂ひろみ